介護と向き合うブログ

 

40代 女性HN:ゆいちゃんかあちゃん

 

私は40代、専業主婦です。子供は2人、小学生の男の子と女の子がいます。
私には75歳になる母がいるのですが(父は13年前に他界)認知症を発症。離れて暮らしてましたが、ある出来事をきっかけに「これはさすがにまずいぞ」と危機感を抱き、我が家で一緒に暮らすことに・・・。
その出来事とは、街中である日突然迷子になってしまったのです。

 

ある日突然という話はたまに耳にしますが、まさか自分の母が?と耳を疑ってしまいました。
「私はだれ?ここはどこかしら?」と、何十年と住み慣れた街で突然の迷子。たまたま巡回中の警察の方が声をかけてくれたようで、親切に対応していただき電話をいただいたわけです(泣)。

 

私の家の電話番号は暗記をしていた母ですが、財布に番号を記したメモを入れていたそうです。そのメモがあったおかげですぐに連絡をもらうことができました。

 

しかし、前日の電話ではごく普通に会話ができていた母。警察に迎えに行ってみると、パニックをおこして泣いてしまっているではありませんか。この姿をみて、『もう一人暮らしをさせるのは限界かな・・・』と痛感。旦那とも相談し、我が家で一緒に暮らすことに。

 

実家と我が家との距離はそんなに遠くなく、母にとっては来慣れた土地のはず・・・大丈夫!と思っての決断でした。
ところが、認知症自体はたぶん父が13年前に他界してから緩やかに発症していたんでしょうが、今回の迷子の件で精神的に非常に不安定となってしまい、
私たちの家に来ても気持ちはグラグラな状態でした。

 

今までは見たことがない攻撃性が表れ、ことあるごとに「ここは私の家じゃない!」と外に飛び出してしまうように。また迷子になっては大変だからと止めにかかると物を投げつけられたり、叩かれたり。

 

大好きな母の変貌に悲しくて・・・。しかし、子供たちがいる時間だけは「孫がいる!」という嬉しさからでしょうか、心穏やかに過ごす母に。
極端な二面性が如実に現れるようになりました。

 

子供に帰る母と、祖母としての母。
よく考えてみると、母にとっては環境が変わるというのは大きなことであり、その不安をぶつけているのは実は娘である私だけだったのです。私にとってこの母の姿は見ていて本当につらいんです。でも、唯一心を話せる相手は私であり、甘えることができるのも私なのだと気付いたのです。

 

じゃあどうすればいいのか・・・どうせ専業主婦ですし、こうなったらじっくり向き合おうじゃないか!と腹をくくったら一気に気持ちが楽に。
おおらかに受け止めることで、外に出たいと不安感を訴えた時には一緒に外を歩き、気持ちが落ち着いたら一緒に家に帰る。毎日同じことの連続でしたが、否定をせずに受け止めてみると、穏やかな本来の母に戻ってくれました。

 

不思議ですね。人と人は鏡合わせ・・・とよく言いますが、認知症の方の場合は特になんですもんね。
そばで介護する側がおおらかでなくてはいけないのだと、母から教わりました。

続きを読む≫ 2019/05/06 15:25:06

母が痴呆症になつて頼られる嬉しさ

私は主人の母親の介護をすることになりました。
ベッドを居間の真ん中に母の部屋から移して、目の届くところにいるようにしました。

 

ちょっとしたことでも、声をかける事ができ、家族で誰でも気にしてみる事ができるからです。私は仕事に出ていました。
朝ごはんを作り、母に食べさせます。オシメも、交換します。熱を計り血圧測定してきにゆうします。

 

次はお昼ご飯を作って冷蔵庫に入れます。ヘルパーさんが、午前と午後1回づつきてもらいます。

 

ヘルパーさんからお昼ご飯を冷蔵庫から出して電子レンジで暖めてもらって、食べさせてもらいました。
中々食べてくれませんでした。

 

オシメも自分でできるからいい。と言ってヘルパーさんには変えさせませんでした。
仕事から帰ってくると、大変な日がありました。

 

それは、布団がビショビショになっています。
その布団は、捨てるしかありませんでした。

 

何回布団を粗大ゴミに出したか?忘れましたが…
ヘルパーさんが来ない日は、主人が休みの日には、主人から見てもらうようにしたけど、母はオシメ変えてもらうのが嫌だと 言ってかたくなります。

 

夕ご飯を食べてから、体を拭いていました。
半年後、デイサービスに行くようになりました。
週2回デイサービスにお世話になりました。

 

楽しそうにでかける母は、笑顔でした。
デイサービスに行かない日は、今まで通りにヘルパーさんからお世話してもらいました。
段々痴呆がひどくなってきます。

 

自分の子供もわからなくなり、おまえさんはどこから来たんだい。とか
見たことのない顔だけど、名前はなんというんだい。とか言うようになりました。

 

たまに来る自分の娘は、わからなくなったみたいです。
10年そんな日々が続きました。

 

心臓も悪かった母は、病気の治療で入院したり、退院したりが続きました。
何かというと、私に連絡してくれ。と、頼ってくれました。

 

忙しく仕事に、私の子ども進路にと、駆けずり回っていました。
でも私に頼ってくれたのは、嬉しかったです。

続きを読む≫ 2019/03/04 11:43:04

本当は介護される方が辛い?
23歳から26歳位までの3年間79歳の祖母の介護をしていました。

 

祖母はもともと、とてもしっかりしていたのですが大きな病気を患い全身麻酔をしてから認知が始まりました。

雨の中、雪の中でも徘徊が始まり

最初は物忘れ位から始まりました。徐々に物忘れが酷くなり、今までしていた事も徐々に出来なくなって泣いたりすることが増えました。体は健康でしたのでその内に徘徊するようになり、自宅での介護が必要な状態になりました。

 

母は会社の社長をしていたので、私が仕事を辞めて自宅で介護するようになりました。一番大変だったのは徘徊です。深夜雨のなか一人で徘徊したり、雪の中徘徊したり、朝早くから近所の家の玄関を叩いたりと大変でした。近所の家やお店などには、誤りと徘徊してたら教えて欲しいことを伝えてました。

 

時間帯は朝方から夜中でした。他にはオムツ外しも冬の寒い日に真っ裸でおしっこを漏らして廊下に横たわって居た事もあります。救いだったのは怒ったり暴れたりはなく、素直でありがとうと言ってくれた事です。ただ仕事をしないで介護なら簡単に思えるかもしれませんが、四六時中気が休まる時はありません。

介護の資格を取りたいと思い

スポンジ、醤油、酒など身近にあるものを口にしたり、家事の癖でお皿などを鍋に入れて煮てたり、チラシをライターで燃やしてたりと目が離せないです。三年看ましたが精神的に参ってしまったのと介護の資格を取りたい気持ちで家を出ました。

 

参考:介護職へ無資格で就職する無謀! 資格なしで介護が務まるのか

 

現在90歳の祖母は人形のように動きはしませんが、健康で母がデイサービスとショートステイを利用しながら介護してます。私は結婚して子供も生まれ主婦になりましたが介護の資格は取得し仕事もしてました。

 

余談ですが、祖母が認知症になり家族の名前も忘れた頃に部屋を掃除した際にメモを見つけました。物忘れが酷くなっているようだ自分では分からないから忘れて行く事が恐い、迷惑をかけるのが恐い、ありがとうと言う言葉と皆が幸せでいて欲しいと言う事が書いてありました。

 

それを見た時に本当は介護される方が辛いのではないかと思いました。

続きを読む≫ 2017/03/16 10:08:16

両親の介助と看護が原因の精神的負担をどうなくすか

 

看護・介助が必要となる状況ですが、例えば脳出血ですとか痴呆症等の疾患、或いは事故によるケガでしょう。

 

心の整理もない内に唐突に介助・看護の現実と直面する場合が多々あり、さぞかし途方にくれるはず。

 

ですから、関連部署に来談する事によって処決を図りましょう。

 

ケア関係のウェブログですとかソーシャルネットワーキングサービス上で、介助と看護を体験した人にコンタクトすると良いでしょう。

 

たとえ見ず知らずの人だとしても、共通点があるといろいろな相談が可能になるかも知れないですし、
そういったコミュニティーで繋がりを持つ事は非常に大切な事です。

 

介護に関して四苦八苦しても即座に専門家或いは看護・介助事業所から助言がもらえない場合には、
まずはウェブを駆使して情報を集めるという手法も実用的と言えるでしょう。

 

自身が精神的な負担でパンクする前に何らかの行動に移す事によって、決着に進んでいきましょう。

続きを読む≫ 2015/11/18 11:33:18

親族の介護に忙しい!心労軽減の為のノウハウ

 

親の介助・看護から出てくる困難な課題としては、看護と介助する方が被る心労を指摘する方が多くいます。

 

家でのケアの場合には寸刻も油断できない状況で、自己の為の時間をとれないのはストレスになります。

 

介護をする立場からすると、孤立無援が辛い心的な負担の要因になるのです。

 

ですので独りが倦ねる事を避け、仕事を分けられる様家内と話し合ってみましょう。

 

少しでも補助してくれる人や胸中を打ち明けられる知人を見つけてみると良いでしょう。

 

介護が毎日続くと内面的かつ体力的に大変で、先も見えずに不安を覚える方がいるでしょう。

 

そうはいっても、悩みを共有する人も大勢いるのです。押しつぶされないようアウトプット出来る所に頼ることも大切でしょう。

続きを読む≫ 2015/10/30 11:32:30

私は現在30代です。
両親の今後について今考えています。
両親は現在60代前半で仕事もしています。
幸い今まで大きな事故や病気はなく元気です。
いつまでも元気でいてもらいたいのですが、人間は年を重ねている以上必ず年老いていきます。
その時にどうすれば良いか、また現在どうするか。
先日、少し今後について両親と話しました。
両親は現在働きに出ていますので元気です。
なので老後について実感がないためかあまり考えていないようです。
話をしても子供(私)には迷惑をかけないから大丈夫、その時は両親同士で面倒をみるし、いざとなったら家を売って施設に入るからと。
両親同士で介護、いわゆる老老介護をする。父親は仕事一筋の人間です。
今までご飯を作ったり家の事をした事を見た時がありません。
施設に入るにも現在の介護施設や病院は満床で入所するにも順番待ちだと聞いています。
私なりの考えですが、現在両親が住んでいる家をリフォームして二世帯で住もうかも思っています。幸い妻も快く同意してくれています。
後は両親の説得なのですがタイミングが難しいです。

続きを読む≫ 2014/10/24 17:15:24

介護って本当に大変です。
私は認知症の祖母と一緒に暮らしています。
もともとは一人で住んでいた祖母ですが高齢になりボケが始まり、それでもしばらくは一人で住んでいたのですが危ないということで一緒に住むようになりました。
そんな状態だったので私のことも孫と認識しているのかいないのかもよくわかりませんし、名前も呼ばれません。
父のことは息子と認識していますが母のことはお手伝いさんだと思っているようです。
目が離せない状態で自分の小さいころの記憶が鮮明なのか自分の家に帰ると私の知らない土地の名前を言い、家から出るのですが途中で疲れてしまい家族が車で迎えに来たり、夜中も帰ると騒いだり。悲しいことにそんな生活でイライラしてしまい私は母に暴言を吐く祖母に向かって「私のお母さんをいじめないで!」と叫んだこともありました。
何にもわからない祖母に叫んでも仕方がないんですけどね。
そんな祖母がデイサービスに出ている時間が家族のホッとできるひと時です。
私は家にずっといるわけではないので一番大変な思いをしているのは母なわけですが介護施設はいっぱいでなかなか入所できそうにないし、国は自宅介護を推奨していくようなことを言っています。
どれだけ自宅でみることが大変なことか…ちゃんと国も考えてほしいものです。

続きを読む≫ 2014/07/21 16:59:21

うちのばあちゃんは介護が必要です。認知症がひどいのですが、体は元気に動くので
特にたちが悪い。
頭は働かなくても体が覚えているようで火を使って料理を作ろうとしたり、
洗濯をしようとしたりと、周りに人がいないと1日で家が燃えちゃいます。
だから、ガスだけは元栓を止めています。
で、今日のばあちゃんはどうしても選択をしたかったらしいけれど使い方が
わからなくて近所の方に使い方を教えてもらいに出かけて行ったんです。
いつも迷惑かけて申し訳ないです。
何度か同じようなことがあったのですが、今日は教えてくれたからに
全然わからないと暴言を吐いたとのこと。
重ね重ね申し訳ありません。
実は再来月からは老人ホームへの入居が決まっていて家の心配からは
多少解放されそうです。ただ、ばあちゃんがいなくなるのはさびしいもので
なるべく面会に行くようにはしますが、
実は、ばあちゃんにとっての私は、「孫時々弟」の状態です。
完全にわからなくなるまで時間があまりないかもしれないです。

続きを読む≫ 2014/06/17 17:22:17